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「おとゞし(文政十二年)の秋、日向の高岡たかおか郷(東諸県ひがしもろかた郡)にものしける時、籾木村なる郷士、籾木新右衛門と云へる人の物がたりに、高鍋たかなべ領の小菅岳こすげがたけといふ山に、高岡郷より猟に行通ふ者のありけるが、一日罠わなを張り置けるに、怪しき物なんかゝりたりける。さるは大方おおかたは人の形にて、髪いと長く、手足みな毛おひみちたり。さてそれが謂ひけるは、私はもと人の娘なり。今は数百年の昔、世の乱れたりし時、家を遁のがれ出てこの山に兄弟共に隠れたりけるが、それよりふつに人間の道を絶ちて、朝夕の食ひ物とては、鳥獣木の実やうのものにて有り経しかば、おのづから斯こう形も怪しくは成りにけり。今日しも妹の在る処に通はんとて、夜中に立ちて物しけるに、思はんやかゝる目に遭はんとは。いかで/\我命をば助けよかしと涙おとして詫わびけれど(その言語今の世の詞ことばならで、定さだかには聴取りかねしとぞ)、いといぶかしくや思ひけん、其儘そのまま里へ馳はせ還りて、友あまたかたらひ来て其女を殺してけり。さて其男は幾程いくほども無く病み煩わずらふことありて死にけりとか。こは近頃の事なりとて、男の名も聞きしかど忘れにけり。」
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