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以上を概括すれば、「いき」の構造は「媚態」と「意気地」と「諦め」との三契機を示している。そうして、第一の「媚態」はその基調を構成し、第二の「意気地」と第三の「諦め」の二つはその民族的、歴史的色彩を規定している。この第二および第三の徴表は、第一の徴表たる「媚態」と一見相容あいいれないようであるが、はたして真に相容れないであろうか。さきに述べたように、媚態の原本的存在規定は二元的可能性にある。しかるに第二の徴表たる「意気地」は理想主義の齎もたらした心の強味で、媚態の二元的可能性に一層の緊張と一層の持久力とを呈供ていきょうし、可能性を可能性として終始せしめようとする。すなわち「意気地」は媚態の存在性を強調し、その光沢を増し、その角度を鋭くする。媚態の二元的可能性を「意気地」によって限定することは、畢竟ひっきょう、自由の擁護を高唱するにほかならない。第三の徴表たる「諦め」も決して媚態と相容れないものではない。媚態はその仮想的目的を達せざる点において、自己に忠実なるものである。それ故に、媚態が目的に対して「諦め」を有することは不合理でないのみならず、かえって媚態そのものの原本的存在性を開示せしむることである。媚態と「諦め」との結合は、自由への帰依きえが運命によって強要され、可能性の措定そていが必然性によって規定されたことを意味している。すなわち、そこには否定による肯定が見られる。要するに、「いき」という存在様態において、「媚態」は、武士道の理想主義に基づく「意気地」と、仏教の非現実性を背景とする「諦め」とによって、存在完成にまで限定されるのである。それ故に、「いき」は媚態の「粋すい」{2}である。「いき」は安価なる現実の提立ていりつを無視し、実生活に大胆なる括弧かっこを施し、超然として中和の空気を吸いながら、無目的なまた無関心な自律的遊戯をしている。一言にしていえば、媚態のための媚態である。恋の真剣と妄執とは、その現実性とその非可能性によって「いき」の存在に悖もとる。「いき」は恋の束縛に超越した自由なる浮気心でなければならぬ。「月の漏もるより闇がよい」というのは恋に迷った暗がりの心である。「月がよいとの言草ことぐさ」がすなわち恋人にとっては腹の立つ「粋な心」である。「粋な浮世を恋ゆえに野暮にくらすも心から」というときも、恋の現実的必然性と、「いき」の超越的可能性との対峙たいじが明示されている。「粋と云いはれて浮いた同士どし」が「つひ岡惚おかぼれの浮気から」いつしか恬淡洒脱てんたんしゃだつの心を失って行った場合には「またいとしさが弥増いやまして、深く鳴子の野暮らしい」ことを託かこたねばならない。「蓮はすの浮気は一寸ちょいと惚ぼれ」という時は未だ「いき」の領域にいた。「野暮な事ぢやが比翼紋ひよくもん、離れぬ中なか」となった時には既に「いき」の境地を遠く去っている。そうして「意気なお方につり合ぬ、野暮なやの字の屋敷者」という皮肉な嘲笑を甘んじて受けなければならぬ。およそ「胸の煙は瓦焼く竈かまどにまさる」のは「粋な小梅こうめの名にも似ぬ」のである。スタンダアルのいわゆる amour-passion の陶酔はまさしく「いき」からの背離である。「いき」に左袒さたんする者は amour-go※(サーカムフレックスアクセント付きU小文字)tの淡い空気のうちで蕨わらびを摘んで生きる解脱げだつに達していなければならぬ。しかしながら、「いき」はロココ時代に見るような「影に至るまでも一切が薔薇色の絵{3}」ではない。「いき」の色彩はおそらく「遠つ昔の伊達姿、白茶苧袴しらちゃおばかま」の白茶色であろう。
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